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(団野村と)野茂英雄の近鉄退団劇について
2008/07/20 日 15:09
masaka2

野茂英雄投手の引退にあたり、各所で野茂の業績について語られています。
個人的にはこれでもまだまだ賛辞が足りないと思うくらいなので、もっともっと取り上げられてほしいですね。


ただ、前回エントリーでも書きましたが、「近鉄退団劇→メジャー挑戦」の経緯が誤って報道されているというか
あえてマスコミが触れないせいなのか、ファンの間で大きな誤解があるような気がしてなりません。
たとえば、

・ケチな近鉄が野茂が提示する要求をのまなかったのが原因。
・今となれば、複数年契約、代理人は当たり前だから、野茂の要求は正しかった。
・近鉄からクビを宣告された野茂は、MLBに行くしかなかった。

などなど、ブログなどを読むと、こんな内容のことを目にします。
教えてgooとかyahooの知恵袋なんかでもこんな感じの回答があふれてますよね。
なんか、ちょっとずつ違うようなというか・・・。
主従逆転しているというか・・・・。


これは、それこそ地球温暖化議論の気温上昇とCO2増加の因果関係のそれと似ているかもしれないですね^^
(こっちの場合は、何が正しいか知りませんけどw)


もちろん私の理解が間違っている可能性もありますが、とりあえず読んだ書籍などを基にした私の認識は以下の通りです。
もしも大筋で間違いがありましたらご指摘ください。



●野茂英雄が近鉄に不満と疑念を持つ経緯

・仰木彬監督から鈴木啓示監督に交代し、投手の調整法など自身がプロ生活を送る上で、とても埋めがたい溝が生まれた。
・近鉄は球団としてミズノと契約していたが、野茂はナイキと個人契約を結ぶ。肖像権などの見解の相違でここでも確執を生む。

↓↓

野茂は、近鉄を退団して他所の球団へ行ける方法はないだろうかと思い始める。
どうせならMLBにもチャレンジしたい。


●団野村との出会いとMLB挑戦の抜け道

故障で2軍にて調整している頃、外国人選手の代理人をつとめる団野村氏に出会う。
経緯を話し、できれば憧れであるMLBに挑戦したいと希望を述べる。

↓↓

団野村は、日本の野球協約を翻訳し、
アメリカで代理人として活躍する友人に「日本球界からMLBへ行くための抜け道はないだろうか?」と相談を持ちかける。
(後の松井秀喜の代理人となるアーン・テレム氏)

↓↓

そして、協約には「任意引退条項」に大きな穴があることを見つける。

「日本球界で任意引退リストに載った選手が、国内でもう一度復帰する場合は、元の球団に戻らなければならない」
が、
「日本国外でプレーする場合、何らかの拘束を受けるという記述は何もない」
との指摘をその代理人(テレム氏)より受けた。

つまり、「任意引退になればメジャーには自由に挑戦できる」という解釈が可能であることに団野村・野茂陣営は色めきだった。
(おそらくMLBサイドもMLBに益をもたらす本案件に強力バックアップを約束しただろう)

↓↓

団野村は、この穴を単なる解釈の相違で終わらせず、
「任意引退選手は外国の球団に所属できる」という間違いのない確約を得るために
外堀から埋める戦略に出る。

↓↓

そこで、MLBコミッショナー事務局へ相談をもちかけ、
MLBから日本のコミッショナー事務局へ一通の質問状を出してもらう。
「日本で任意引退になった選手は、海外に移籍しても構わないのか?」

↓↓

まさかこの質問状が、現役最高の投手・野茂英雄に関することなど思う由もない
事務局は以下のように回答状を返信する。
「日本の任意引退選手が現役に復帰したければ、日本国内を選ぶ場合は元のチームとしか契約できない。言い換えれば、アメリカのチームとならば契約できる」

両国コミッショナーという公的で権威ある立場同士によるこの書面のやりとりが、
後々、野茂MLB挑戦を認めざるをえない重要な物証となる書簡になったのは言うまでもない。

※言ってみれば、こうしてしっかりと念書をゲットしたことが「空白の一日」の巨人との決定的なセンスの差、したたかさの違いなのかもしれない。

↓↓

メジャー挑戦へ向け「切り札」を手にした団と野茂だが、
次なるハードルは「いかに近鉄から任意引退を宣告されるか?」になる。

●契約交渉での大芝居

団野村は、契約更改の席上で、野茂に絶対に球団がYESと言わない条件を述べるよう指示する。
むしろ、相手を怒らせるくらいで丁度いいと考える。

↓↓

・代理人契約を認めてくれ
・複数年契約を認めてくれ

野茂は次々と前例のない(&球団が了承するわけのない)条件を出す。

「キミは怪我をしているんだぞ。なのに複数年とはなんだ」「すでにキミは近鉄の顔ではない」
などという感情的なコメントを引き出す。

↓↓

次回交渉では要求をさらにエスカレートさせ

・FA取得までの6年20億円の複数年契約

を要求し

これを受け入れてくれないなら「球界から引退する」と発言。

近鉄の球団上層部は
「やめてどうなる。自分のキャリアがどうなるか考えろ」
「チームのことも少しは考えろ」

野茂は「考えてるから辞めるんです」

一連の野茂の不遜な態度に対し、怒りに震える球団社長は
「だったら、この場ですぐサインしろ」といって、感情的に任意引退契約書を持ち出してしまう。

野茂はここぞとばかりに喜んでサイン。

近鉄は、この裏に団と野茂の深慮遠謀な策があるということなどを見抜けるわけもなく、
なにかわからぬうちに世紀の大投手を失ってしまった。

↓↓

マスコミ各社が野茂と近鉄の交渉に大騒動になっている中、
団野村は、最終の仕上げとして、
先のコミッショナー間で行われた「任意引退に関する書簡」をリーク。

そして
「野茂大リーグ挑戦か?」の文字が各紙で躍ることになる。

↓↓

思いも寄らない事態に驚いた近鉄は
(任意引退にサインしても結局は、野茂は近鉄に戻るしかないとタカをくくっていたのであろう)
コミッショナーに助けを求めるが、すべては後の祭り。
「その書簡は私信に過ぎないのではないか?」と悪あがきをしたが
過去の例を考えても協約の解釈はその書簡通りなのは明白だった。

↓↓

まんまと団と野茂の画策した罠にはまってしまった近鉄球団は、
球団として最後の面子を保つために野茂へこう言った。

「なんなら、われわれがキミのアメリカ行きをお膳立てしようじゃないか?」
「最後はわれわれにまかせてくれないか?」

↓↓

「すでに近鉄を退団した私が、これからアメリカへ行くのにあなた方の助けなど必要ありません」


↓↓

その後、キレにキレた近鉄は、野茂との交渉のすべてを球界関係者のみに明らかにする。
各球団にとってこの野茂退団劇は他人事ではないゆえに、当然、近鉄を指示し、野茂を批判する。
各マスコミもどちらに理があるのかなんていうことはもちろん考えるわけもなく
球界より個人をとるなどという愚かなことはしないので、一転、野茂バッシングをはじめる。

「すでに日本では通用しなくなっていた野茂が、メジャーで通用するわけがない」
「野茂の肩は、すでに壊れている」
「態度が悪すぎる」
「世話になった球団に足で砂をかけて出て行くのはけしからん」


こうしてマスコミ各社と球界関係者からの冷酷なバッシングの中、野茂と団は米国へ旅立っていった。





で、私が先のエントリーで「反則」と書いてしまったのは、協約の穴を見つけ出し、そこを突いたということだけではなく、
交渉の席でとことん悪役になりきらなければいけない戦術はあまりにも野茂にとって(メジャーに挑戦するということ以上に)リスクの大きいチャレンジだったのでは?と思ったからです。


まず、そもそも、もしも「任意引退」のストーリーが頓挫したらどうするつもりだったんだろうということ。
「年俸や契約でもめる→(落合などように)調停にもつれ込む」
という可能性は大いにあったはずなので、そうなった場合、どういうシナリオを描いていたんだろう。


さらには、事がうまく運んでも、明らかに野茂が悪者になるしかない(もちろん団野村自身も)わけで、
そのリスクをとったという勇気が何よりもスゴイというか信じられないという思いが今でもあります。

見方を変えれば、こうした背水の策を敷かなければならないほど、
近鉄というか日本のプロ野球の仕組みに絶望・嫌悪を抱いていたというわけなんでしょうし、
また一方で、MLBで活躍することで、この程度の悪評などは一掃できるという自信もあったのかもしれませんね。


それこそ「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という次元の話で
私なんかの小人物が彼らが抱く大志の大きさ重さを測れるわけもありません。。。

なので、意見がコロコロ変わりますが、簡単に反則などと書いてしまったこともちょっと反省しなければなりませんね。
すみません。



※上記の近鉄退団の顛末は、団野村氏自身のHPのコラムで触れていたことですし、またロバート・ホワイティング氏の著書「憎まれた代理人・団野村の闘い」や「イチロー革命」にも出ていますので、興味のある方は一読ください。

ただ気になるのは、自身のHPであるballplayers.jpでこの一連の騒動について書かれた団野村コラムが何故か全て削除されているんですよね。
両者にとっては、今となっては、もう封印したいことなのかもしれません。

私は、もしもこの通りだとしても、別に野茂英雄投手や団野村という代理人が成し遂げた偉業に
なんら傷がつくことでもないと思うので、消すことはなかったんじゃないかなあと思うんですけども・・・。

でもひょっとすると、団野村はすべての負の部分を自らが背負おうとしているのかもしれませんね。
実際に、日本球界では未だ評判悪いですし。。。。かわいそ。

それでも、野茂英雄、伊良部秀輝、前田勝宏とMLBへの挑戦を願った依頼者たちの夢を叶えるためには
手段を選ばず何をやってでも実現させてやろうとしたスタンスと実際に実現させてしまった豪腕ぶりは、
非難と同じくらいの評価をうけてもいいとやっぱり思うのです。


(追記)----------------------------------------------------------------------

Wikipediaの野茂英雄の項を読むと、ここでも冒頭に書いたような「主従が逆なんじゃないの?」という形で顛末が記されている。
1994年オフ、複数年契約と代理人制度(代理人は団野村)を近鉄に要求。近鉄側は、野茂が肩を故障してシーズン後半に登板できなかったのを理由に拒否して契約がこじれたが、球団社長はマスコミに「年俸をもっとよこせ、ということでしょう」と述べて、あくまでこれら一連の野茂の要求を「年俸吊り上げのためのもの」、「わがまま」と捉え、「次の更改ではサインするでしょう」などと楽観視していた。野茂は「お金の問題じゃないんです」と、再三マスコミに訴えていたが、この一連の動きに対しては、マスコミも近鉄の意見に同調していて、野茂は孤立していた感があった。
結局、近鉄フロントは、野茂が近鉄でプレーする気がないのなら、野茂を移籍に出したり自由契約にするのではなく任意引退扱い(近鉄を自由契約にならない限り、他の日本の球団でプレーすることは不可能)にしようとした。これが最大の理由となって、野茂は渡米する決意をした。

ということは、私のほうが間違いなのか????


ホワイティング氏とダン野村氏は懇意にしている仲だと思うし、団氏自身がそう語っていたというのに・・・。
不思議すぎる。なんなんだろう、この現象。妙な力が動いているのかな?
てか、Wikipediaって誰がどういう情報を元に編集してんだろう???

私の中では、野茂も伊良部も前田も「日本球界の去り方」だけに焦点を当てれば3者にはたいした差異はないと受け止めています。
もちろん、総合的には、野茂が一番初めだったことと、野茂のほうがMLBで活躍したという大きな違いがあるのは明らかなんですが。



(さらに追記)----------------------------------------------------------------

団野村氏自身がそれらの騒動について語っている記事を発見。

野茂とはある球団の方を通じて出会ったが、彼は日本の契約や肖像権の扱い方などに不満を持っていた。それでMLBを選び、どうしたら行けるか検討した。かつて西武にいたデストラーデ選手が任意引退後、向こうでプレーした例があった。ならば、どうすれば任意引退できるかだ。当時、フリーエージェントの資格は10年間の1軍でのプレーが条件で、野茂はまだ6年残っていた。それで契約の際、6年20億円の要求をさせた。予想通り、球団は「生意気だ、任意引退させる」という態度に出た。


って、ことでやっぱり間違っていなかった模様。
Wikipediaって、あんまり信用ならないのね。ま、少しずつブラッシュアップされるのがウリなのかもしれんけど。



------------------------------------------------------------------
こっそりとさらに追記しておきます。ちょっと衝撃的かもしれません。
旧サイトの本人が書いたコラムを発見できました。
今まで探したソースもすでにリンク切れしてたりしてますね。年月が経つのは早いなあ。

下記リンクをお読みいただければ、上記エントリー内容の裏づけになりうると思います。
というかもう完全にほぼそのままですね。
詳細はこちら

リンク切れのことも考えて、念の為こちらも用意しておきます。

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